それおもしろいね序章

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小島信夫『残光』は小説だと認識できない。分かった気にはならないようにしたい。

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先日、小島信夫『残光』を読んだ。
残光 (新潮文庫)

月初に海外文学を1冊読み、それ以外の期間は気分に任せることにしている。(ただし、カフカなどの海外文学2冊目は読まないルールを設けている。月初に読むペースを作るためだ。)

さて、『残光』の話に戻ろう。

残光は小説なのか

『残光』は、小島信夫さんが90歳のときに書いた、最後の長編小説だ。

かなり変わっている。

実話なのだ。

主人公は小島信夫(名前もそのまま)だし、トークショーなどのエピソードもそのままだ。

なおかつ、保坂和志さんを知らないと、おもしろさが半分以下なのではないかと思うくらい、「保坂さん」が登場しまくるのだ。

「小説家が小説として書き、読者が小説だと思って読むことになるのだから、これは小説である」

わたしは、そう理解することが「できる」。

ただ、それでは「もったいない」と思うのだ。

安易に、結論を出せば、すっきりはするが、読書が単なる消費になってしまう。

「これは小説なのか」

読み終わってから数日たつが、ふとした瞬間に考えていたりする。

『残光』に限らず、小島信夫作品は難解と言われる。

読んでみよう。

残光 (新潮文庫)




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自己紹介

いしざわ(空論家)

いしざわ(空論家)

職業:空論家、トレーダー。
スキル:事業企画、株式トレード、ファシリテーション、アイデア創出
関心範囲:ライフログ、学び、資産形成
解決したい社会問題:普通の30代以上がどんどん苦しくなる件。ザコでも無職でも楽しく生きられることを、自身の経験をもとに伝えたい。
・上記を実践しようとして、トレカ屋さんでアルバイトに応募しているが、なかなか受からない。 [詳細]