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『MASTERキートン』の正しい読み方は、一話ごとの詳細な内容を記憶しようとして記憶できない体験をおもしろがることである。

投稿日:2015年6月1日 更新日:

古本で全巻買いして読み進めていた『MASTERキートン』を、ついに読了した。

全18巻で、1話完結の構成だ。(新品だと、完全版しか買えないそうだ)
考古学者(物語中の大半は失業状態)、保険のオプ(調査員)、元SASという特殊な経歴を持つ主人公の平賀キートン太一が、事件を解決していく。

1巻読むのに1時間かかった

1冊読むのに1時間を要した。通常のマンガの2〜3倍はかかっている計算だ。
理由は、話が難しいことと情報量が多いことだ。
考古学、保険、SASという物語の材料も十分に難しいのだが、それ以上なのが歴史的背景である。
ベルリンの壁崩壊後の東ドイツ、(過去の話として)フォークランド紛争などがしばしば登場するのだ。私のように無教養な人間は、いちいち、少ない歴史知識との突合を求められるわけだ。

話を覚えていない

最終の18巻を読み終えたのは昨日だ。
ところが、どんな話があったかと聞かれても、答えに困る。
覚えていないのだ。
実は、読んでいくそばから忘れていくこの感覚を、おかしいとは思っていない。
小説ではよくあることだからだ。

文庫で読んでいる保坂和志の『言葉の外へ』というエッセイ集に、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』についてのこんな文章がある。

『百年の孤独』の本当に凄いところは、それら一つ一つのどれをとっても薄い一冊の本になりそうなエピソードを惜しげもなく消費し——だから『百年の孤独』の面白さを語るときに一つのエピソードを抜き出すのはいわば「辞書的な知識」のようなものでしかなくて——、それら次から次へと続いていく出来事が何年間のうちに起こったことなのかほとんど不明瞭で、その時間的な定着の困難さゆえかページをめくるそばから読む私は書かれた出来事を忘れていって、

MASTERキートンは小説ではなく漫画だが、これと同じことだ。
一話一話は、やろうと思えばもっとふくらませることが可能だろうし、もしかしたら一話が一巻くらいの分量になるかもしれない。読者は、その情報量と格闘しながら読み進めるわけだから、私のような処理能力の低い人間は特にページが進まない。

話はひとつ

保坂和志の文章は、こう続いている。

しかしそんなことはいっこう気にせずにいま読んでいる部分の出来事の連鎖にどっぷりとつきあい、それらはまあどれ一つとして私自身の身に起こるようなことではなくて、普通の意味で登場人物に感情移入なんかはしないのだが、それでもそこに書かれていることには間違いなくこちらの気持ちを動かす一回性ゆえの普遍性とでもいうような崇高さをはらんでいて、なんといえばいいのか物語の舞台となっているマコンドという土地そのものになったとでもいうのか、あるいはもう二度と再現されることのない百年という時間そのものにでもなったというのか、とにかく静的な記憶としてきわめて定着させがたいページをめくりつづけるという行為そのものの中に『百年の孤独』があり、同時にそれこそが複数の人間に語らせれば必ず「真相は藪の中」となる人間の記憶の様態であって、私はいま『百年の孤独』をずうっと読んでいたい、そしてできることならここに書かれたすべてを彼らのために記憶したいと思いながら読んでいる。

驚いたことに、これで一文である。いや、正確には引用の前から文は続いている。数えたら22行あった。芥川賞作家の文章を小学校の先生が見たら大量の赤が入ったりするのだろうか。
保坂和志のこの文体によって、私は書くつもりのなかった論点を発見した。
MASTERキートンは一話完結であると安易に書いたことを後悔しているのだ。
つまり、全部一つの話なのではないかということだ。
そうだとすると、出来事を一つずつ読み、MASTERキートンの生きている世界を理解することが、「MASTERキートンを読むこと」だ。私たち読者は、登場人物一人ひとりに人生があり、そのうちの一コマだけを読むが、本当はその裏には多くの出来事が存在することを理解している。だから、一話ごとの話の内容は忘れていっても、世界の住人になっていっているので「おもしろい」と感じるのだろう。そして、そもそも人間とはそういうものだ。自分の身の回りで起こっていることは、正確に記憶していない。「『MASTERキートン』の大ファンだ。しかし話の内容は忘れた」というのは、実は『MASTERキートン』をかなりしっかり読んだ人のセリフなのではないか。

続編発売されたんですよね。






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